創作民話 権じい桜 ― 2022年12月27日 16:25
權じい桜
今日は權じいの話をしよう。權じいは、口うるさいじい様だった。まごの隆太やおきよが茶碗に飯粒を残して「ごちそうさん」と立とうものなら、もう小言のあらしだ。
「コメはお天道さんと、おめえたちのおとうが一年かけて一生懸命作った、命のもとだ。それをそまつにしたら、罰があたるぞ。」
「おとうとおっかあが、雨の日も風の日も、田んぼの泥ん中はい回って育てた米だ。手を合わせて、拝んで食べんといかんぞ。」
玄関の外で、茂一がハナを垂らしながら待っているのに、隆太は気が気でならない。今日は河原でカジカとりをする約束なのだ。
おっかあの声がした。「おきよの面倒を見るんだよ。危ないところにはいくんじゃないよ。」
隆太は、九つになるおきよを連れて歩くのは、お荷物になっていやだったが、仕方なしに何も言わずに、おきよの手を引いて外へ出た。
權じいには奇妙なクセがある。コメ粒を見つけると、腰にぶら下げた袋に拾って入れるのだ。ほかの家の脱穀を手伝いに行ったときなど、散らかして打ち捨てられたコメ粒を、「これ、もらってもいいか?」と必ず声をかけて拾い集める。なかには、そんな權じいをからかうように、稲粒やコメ粒をわざとばらまいて拾わせたりするもんもいた。
農繁期、地主の家に行ったときなど、背戸で羽釜を洗う女房達にたのんで、釜の内側にへばりついたコメ粒をこそぎ落としてもらってくる。
「そら、まんま粒が流れてしまうぞ。」と、女房達がはやしたてた。残ったコメ粒をわざと流したりするのだ。權じいは、あわてて水の中から、一生懸命拾い集めた。それを見て、女房達は大笑いしたものだった。そんなにして集めたコメ粒を持ちかえっては、干してカラカラにした。
その干飯(ほしいい)やコメ粒、稲粒は、それぞれの壺に分けて、床下にしまっておいた。
そんなしみったれた權じいを、隆太は面と向かって小ばかにした。
「一粒ばっかりのコメが何になるんだ。ただのゴミじゃないか。ケチばっかりをしていると、ろくな死に方をしないぞ、くそじじい。」
「なにを馬鹿ぬかす。一粒のコメをそまつにするもんは、一粒のコメになくというもんだ。」
「コメはな世根(よね)と言ってな、世の中の根っこなんじゃ。」
ある年、梅雨が長引いた。とうにセミたちの大合唱が聞こえていてもおかしくない時期になってさえ、お天道さんがちっとも顔を出さない。寒い夏が続いた。
これにはだれもが参った。コメが育たないのだ。案の定、その年は収穫がまるでなかった。どこの家も、少しばかり残っていた、古いコメで食いつながなければならなかった。種もみはどうしたらよいのか、頭を抱えた。
そして、まずいことにその翌年もおなじだった。お天道さんはもう空にいなくなってしまったのではないかと、みんなオロオロした。
よその村では食べるものがなく、飢えて死ぬものが出たとのうわさが立ち始めた。
隆太のおとうとおっかあが、額をこすり合わせるようにして、ひそひそ話をしていた。
「もう食うもんがねえ。おきよを奉公に出すしかあんめえ。」
奉公とは、ていのよい身売りのことだった。
おっかあが、おきよを抱きしめてないていると、權じいが小さな声で言った。
「床下に、ほしいいがつまった甕が十ある。これで食いつなげばいい。」
「それっぽっちのほしいいなんどで、家族五人食っていけるわけがないわい。」
おとうがおこった声で答えた。
權じいは言葉を継いだ。
「ほかにコメの甕が十、もみの甕が十ある。節約すればなんとか春まで家族五人生きていけるだろう。もみもあるから、春には種をまいて、稲を作ることもできよう。ほんとうにわずかしかないので、腹いっぱい食べることはできまい。村のもんに分けてあげられるほどないのが、心苦しい。」
翌日、權じいが姿を消した。おきよが言うには、「コメがあんまりに少ないので、村で飢えて死にそうなもんがあれば、おれの分を分けてやってくれ。」と、おきよの頭をなでて、山の方へ出かけて行ったということだった。
隆太はないた。權じいを探しに家を飛び出そうとしたが、おとうに腕をつかまれ、引き戻された。おとうも顔がぐしゃぐしゃに濡れていた。
やがて春が来た。隆太の家族四人は、水のようなかゆで命をつないだ。村に死にそうなモンがでたので、大切なコメを分けてあげた。そのぶん、かゆはどんどん薄くなった。でも、村からは一人も死人を出さず、みんなで春を迎えることができた。
權じいが山に入っていった、その登り口に大きなヤマザクラの木があった。ヤマザクラはいつしか、權じい桜と呼ばれるようになっていた。今年こそは良い年になりますようにと、村人みんながその下で花見をするそうだ。今では、松岩寺というお寺さんの一部になっているが、今でもその權じい桜は毎年美しい花を咲かせている。
今日は權じいの話をしよう。權じいは、口うるさいじい様だった。まごの隆太やおきよが茶碗に飯粒を残して「ごちそうさん」と立とうものなら、もう小言のあらしだ。
「コメはお天道さんと、おめえたちのおとうが一年かけて一生懸命作った、命のもとだ。それをそまつにしたら、罰があたるぞ。」
「おとうとおっかあが、雨の日も風の日も、田んぼの泥ん中はい回って育てた米だ。手を合わせて、拝んで食べんといかんぞ。」
玄関の外で、茂一がハナを垂らしながら待っているのに、隆太は気が気でならない。今日は河原でカジカとりをする約束なのだ。
おっかあの声がした。「おきよの面倒を見るんだよ。危ないところにはいくんじゃないよ。」
隆太は、九つになるおきよを連れて歩くのは、お荷物になっていやだったが、仕方なしに何も言わずに、おきよの手を引いて外へ出た。
權じいには奇妙なクセがある。コメ粒を見つけると、腰にぶら下げた袋に拾って入れるのだ。ほかの家の脱穀を手伝いに行ったときなど、散らかして打ち捨てられたコメ粒を、「これ、もらってもいいか?」と必ず声をかけて拾い集める。なかには、そんな權じいをからかうように、稲粒やコメ粒をわざとばらまいて拾わせたりするもんもいた。
農繁期、地主の家に行ったときなど、背戸で羽釜を洗う女房達にたのんで、釜の内側にへばりついたコメ粒をこそぎ落としてもらってくる。
「そら、まんま粒が流れてしまうぞ。」と、女房達がはやしたてた。残ったコメ粒をわざと流したりするのだ。權じいは、あわてて水の中から、一生懸命拾い集めた。それを見て、女房達は大笑いしたものだった。そんなにして集めたコメ粒を持ちかえっては、干してカラカラにした。
その干飯(ほしいい)やコメ粒、稲粒は、それぞれの壺に分けて、床下にしまっておいた。
そんなしみったれた權じいを、隆太は面と向かって小ばかにした。
「一粒ばっかりのコメが何になるんだ。ただのゴミじゃないか。ケチばっかりをしていると、ろくな死に方をしないぞ、くそじじい。」
「なにを馬鹿ぬかす。一粒のコメをそまつにするもんは、一粒のコメになくというもんだ。」
「コメはな世根(よね)と言ってな、世の中の根っこなんじゃ。」
ある年、梅雨が長引いた。とうにセミたちの大合唱が聞こえていてもおかしくない時期になってさえ、お天道さんがちっとも顔を出さない。寒い夏が続いた。
これにはだれもが参った。コメが育たないのだ。案の定、その年は収穫がまるでなかった。どこの家も、少しばかり残っていた、古いコメで食いつながなければならなかった。種もみはどうしたらよいのか、頭を抱えた。
そして、まずいことにその翌年もおなじだった。お天道さんはもう空にいなくなってしまったのではないかと、みんなオロオロした。
よその村では食べるものがなく、飢えて死ぬものが出たとのうわさが立ち始めた。
隆太のおとうとおっかあが、額をこすり合わせるようにして、ひそひそ話をしていた。
「もう食うもんがねえ。おきよを奉公に出すしかあんめえ。」
奉公とは、ていのよい身売りのことだった。
おっかあが、おきよを抱きしめてないていると、權じいが小さな声で言った。
「床下に、ほしいいがつまった甕が十ある。これで食いつなげばいい。」
「それっぽっちのほしいいなんどで、家族五人食っていけるわけがないわい。」
おとうがおこった声で答えた。
權じいは言葉を継いだ。
「ほかにコメの甕が十、もみの甕が十ある。節約すればなんとか春まで家族五人生きていけるだろう。もみもあるから、春には種をまいて、稲を作ることもできよう。ほんとうにわずかしかないので、腹いっぱい食べることはできまい。村のもんに分けてあげられるほどないのが、心苦しい。」
翌日、權じいが姿を消した。おきよが言うには、「コメがあんまりに少ないので、村で飢えて死にそうなもんがあれば、おれの分を分けてやってくれ。」と、おきよの頭をなでて、山の方へ出かけて行ったということだった。
隆太はないた。權じいを探しに家を飛び出そうとしたが、おとうに腕をつかまれ、引き戻された。おとうも顔がぐしゃぐしゃに濡れていた。
やがて春が来た。隆太の家族四人は、水のようなかゆで命をつないだ。村に死にそうなモンがでたので、大切なコメを分けてあげた。そのぶん、かゆはどんどん薄くなった。でも、村からは一人も死人を出さず、みんなで春を迎えることができた。
權じいが山に入っていった、その登り口に大きなヤマザクラの木があった。ヤマザクラはいつしか、權じい桜と呼ばれるようになっていた。今年こそは良い年になりますようにと、村人みんながその下で花見をするそうだ。今では、松岩寺というお寺さんの一部になっているが、今でもその權じい桜は毎年美しい花を咲かせている。
コメント
_ トキザキ ミキオ ― 2022年12月28日 21:20
_ トキザキ ミキオ ― 2022年12月28日 21:22
原典は何ですか。
美しく悲しいお話ですね。
しかし、あまりに美しすぎて、悲しすぎる。
民話の典型的な展開です。
無理な願望としてですが、川口さんだからこそのスパイスが
欲しい。
書けないくせに口年だけ先輩
美しく悲しいお話ですね。
しかし、あまりに美しすぎて、悲しすぎる。
民話の典型的な展開です。
無理な願望としてですが、川口さんだからこそのスパイスが
欲しい。
書けないくせに口年だけ先輩
_ 川口和彦 ― 2023年01月18日 13:52
トキザキさん、メッセージをいつもありがとうございます。
原典というものはありません。朝目覚めると同時に、浮かんでいた文字たちを、急いでパソコンを立ち上げて打ち込んだだけです。
なので、ぼく自身が捜索しているものなのかどうかも分かりません。
この森には見えない誰かがいて、ぼくに書かせているのでしょうか。
原典というものはありません。朝目覚めると同時に、浮かんでいた文字たちを、急いでパソコンを立ち上げて打ち込んだだけです。
なので、ぼく自身が捜索しているものなのかどうかも分かりません。
この森には見えない誰かがいて、ぼくに書かせているのでしょうか。
_ 川口和彦 ― 2023年01月18日 13:54
すみません「捜索」は「創作」の間違いです。
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美しく悲しいお話ですね。
しかし、あまりに美しすぎて、悲しすぎる。
民話の典型的な展開です。
無理な願望としてですが、川口さんだからこそのスパイスが
欲しい。
書けないくせに口年だけ先輩