疵(きず) ― 2022年11月28日 19:56

今月は誰もが持っているかもしれない心のキズのお話しです。甘酸っぱい少年・少女時代を思い出すかもしれません。
疵(きず)
和也と正男は大の仲良し。クラスも一緒で机も隣りどうし。家も近いので、学校の帰りは、きまって一緒でした。
あしたから、いよいよ待ちにまった夏休みという日、二人はいつものように、秋山小学校の校庭をつっきり、島名幼稚園のわきを通って、畑みちにでました。
「また2があったよ。母さんに通信簿を見られるのが怖いね。」
正男が言いました。
「うん。でも、今日だけガマンすれば、もうこっちのもんさ。
楽しいたのしい夏休みぃ~」
和也が節をつけて歌うように答えました。
ジリジリとする陽ざしの中を、二人はハンケチで汗を拭きふき軽口をたたきあいました。
ふと、近くの畑に大きなスイカが、ゴロゴロと転がっているのが目に入りました。正男は立ち止まって、あたりを見まわしました。
「おい和也、あのスイカを一個しっけいしようぜ。」
「よせよ。もし、見つかったら大変だぞ」
「大丈夫さ。だれもいないじゃないか。それにたくさんあるんだから、一個くらいとってもわかりっこないよ。
そうだ。畑の真ん中辺をとれば、目立たないぞ。」
正男の意気込みにおされて、和也も恐るおそる畑の中に入っていきました。和也があたりを見はり、正男がスイカを選びました。しかし、なかなかつるがちぎれません。
「早くしろよ正男。急げ。」
気がきでない和也は、正男をせかして力を貸しました。やっとつるが切れ、正男がうれしそうに大きなスイカを抱き上げたその時、
「こらあ、どこの悪ガキどもだ!」
二人が驚いてふりかえると、鬼オヤジと恐れられている清さんが、仁王立ちになって、二人をにらみつけています。
「わあー。」
正男は悲鳴を上げ、スイカを放り出して逃げだしました。和也も、はじかれたように別の方角へ走り出しました。ところが、和也はスイカのつるに足をとられて、ドッとたおれてしまいました。
「あっ、痛い。」
右のすねに鋭い痛みが走りました。とっさにあてた手の平を開いてみると、血で赤くそまっていました。畑にさしてあった竹ぐいにあたったのです。
涙がじわっとするまもなく、今度は首筋を乱暴につかまれました。清さんにつかまってしまったのでした。
「こらっ。おまえはどこの子だ。名前を言え。」
清さんはこわい形相で、和也の首根っこをおさえたまま問いただしました。
「和也です。樫山和也です。」
「もう一人、逃げて行ったやつは。」
「・・・・」
「なんてやつなんだ。言え。」
「・・・菊田正男君です。」
和也はもう、こわくてこわくて、正男の名や家の場所を、清さんに正直に話してしまいました。
「おや、おまえけがをしたのか。ちょっとおれの家へ来い。」
和也は、びっこをひきながら気分は戦争ごっこの捕虜になったときよりも、もっとみじめだと思いました。
鬼オヤジ清さんの奥さんは、なにも聞かず傷の手当てをしてくれました。和也は、涙がボロボロこぼれました。
スイカ泥棒をしたのが恥ずかしかったのと、こわいからといっても、友達の名を簡単に白状してしまったことの後悔で、胸がチクチク痛かったのです。
(でも正男だって、ぼくを見捨てて逃げて行ったじゃないか。)
和也の心に、急に言い訳があれこれと浮かんできました。
夏休みの間、和也は気まずくて、正男に会おうとしませんでした。また正男のほうからも、何の音さたもありませんでした。
登校日の前の晩は、和也はよく眠れませんでした。正男にどんなふうに顔をあわせたらよいのか。宿題の心配よりも、そっちのほうが何倍も気がかりでした。
翌朝、正男はいませんでした。お父さんの仕事の都合で、静岡のほうへ急に引っ越してしまっていたのです。
「休み中のことでしたので、皆さんにはご挨拶ができませんでした。よろしくとのことです。」
先生は言いました。
あれから三十年近くたち、自分の子供が友達と元気に遊んでいる姿を眺めながら、和也はすねの疵をなでました。疵はいまでは、ほとんど目立たないのですが、そっとなでると心の奥で何かがきゅんと疼くのです。
疵(きず)
和也と正男は大の仲良し。クラスも一緒で机も隣りどうし。家も近いので、学校の帰りは、きまって一緒でした。
あしたから、いよいよ待ちにまった夏休みという日、二人はいつものように、秋山小学校の校庭をつっきり、島名幼稚園のわきを通って、畑みちにでました。
「また2があったよ。母さんに通信簿を見られるのが怖いね。」
正男が言いました。
「うん。でも、今日だけガマンすれば、もうこっちのもんさ。
楽しいたのしい夏休みぃ~」
和也が節をつけて歌うように答えました。
ジリジリとする陽ざしの中を、二人はハンケチで汗を拭きふき軽口をたたきあいました。
ふと、近くの畑に大きなスイカが、ゴロゴロと転がっているのが目に入りました。正男は立ち止まって、あたりを見まわしました。
「おい和也、あのスイカを一個しっけいしようぜ。」
「よせよ。もし、見つかったら大変だぞ」
「大丈夫さ。だれもいないじゃないか。それにたくさんあるんだから、一個くらいとってもわかりっこないよ。
そうだ。畑の真ん中辺をとれば、目立たないぞ。」
正男の意気込みにおされて、和也も恐るおそる畑の中に入っていきました。和也があたりを見はり、正男がスイカを選びました。しかし、なかなかつるがちぎれません。
「早くしろよ正男。急げ。」
気がきでない和也は、正男をせかして力を貸しました。やっとつるが切れ、正男がうれしそうに大きなスイカを抱き上げたその時、
「こらあ、どこの悪ガキどもだ!」
二人が驚いてふりかえると、鬼オヤジと恐れられている清さんが、仁王立ちになって、二人をにらみつけています。
「わあー。」
正男は悲鳴を上げ、スイカを放り出して逃げだしました。和也も、はじかれたように別の方角へ走り出しました。ところが、和也はスイカのつるに足をとられて、ドッとたおれてしまいました。
「あっ、痛い。」
右のすねに鋭い痛みが走りました。とっさにあてた手の平を開いてみると、血で赤くそまっていました。畑にさしてあった竹ぐいにあたったのです。
涙がじわっとするまもなく、今度は首筋を乱暴につかまれました。清さんにつかまってしまったのでした。
「こらっ。おまえはどこの子だ。名前を言え。」
清さんはこわい形相で、和也の首根っこをおさえたまま問いただしました。
「和也です。樫山和也です。」
「もう一人、逃げて行ったやつは。」
「・・・・」
「なんてやつなんだ。言え。」
「・・・菊田正男君です。」
和也はもう、こわくてこわくて、正男の名や家の場所を、清さんに正直に話してしまいました。
「おや、おまえけがをしたのか。ちょっとおれの家へ来い。」
和也は、びっこをひきながら気分は戦争ごっこの捕虜になったときよりも、もっとみじめだと思いました。
鬼オヤジ清さんの奥さんは、なにも聞かず傷の手当てをしてくれました。和也は、涙がボロボロこぼれました。
スイカ泥棒をしたのが恥ずかしかったのと、こわいからといっても、友達の名を簡単に白状してしまったことの後悔で、胸がチクチク痛かったのです。
(でも正男だって、ぼくを見捨てて逃げて行ったじゃないか。)
和也の心に、急に言い訳があれこれと浮かんできました。
夏休みの間、和也は気まずくて、正男に会おうとしませんでした。また正男のほうからも、何の音さたもありませんでした。
登校日の前の晩は、和也はよく眠れませんでした。正男にどんなふうに顔をあわせたらよいのか。宿題の心配よりも、そっちのほうが何倍も気がかりでした。
翌朝、正男はいませんでした。お父さんの仕事の都合で、静岡のほうへ急に引っ越してしまっていたのです。
「休み中のことでしたので、皆さんにはご挨拶ができませんでした。よろしくとのことです。」
先生は言いました。
あれから三十年近くたち、自分の子供が友達と元気に遊んでいる姿を眺めながら、和也はすねの疵をなでました。疵はいまでは、ほとんど目立たないのですが、そっとなでると心の奥で何かがきゅんと疼くのです。
コメント
_ 時々幹男 ― 2022年12月08日 22:11
創作民話の森に迷い込みました。出られません。
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