焼け野原裁判2022年09月20日 09:53



 焼け野原裁判

 花貫川は、子供たちがカーブと呼んでいる水遊び場の少し上から、小さな支流が注ぎ込んでいます。 その流れを、荒屋までさかのぼると、そこはもう、一面のススキの原っぱです。学校が休みの日などは、子供たちの一群が、落合牧場の裏手の狭い土手を、危なっかしくつたってやってきては、二手に分かれて戦争ごっこをしたり、大きなお茶の木の株もとを押し広げて“すみか”と名づけたソファーにして、お弁当を食べたりしました。
 でも近頃は、子供たちのそんな元気な姿は、めったに見らえなくなりました。深い草ばかりで、ところどころに思いついたように、ポツンポツンと立木があるばかりのススキ原なんかよりも、子供たちは塾が忙しいし、だいいち遊ぶのなら、テレビゲームのほうがよっぽど楽しいようです。
 ですからこの頃では、このススキの原に分け入ってくるのは、南はしの道路沿いに、新しく建てられた鈴木さんの家で飼われている三毛猫くらいのものです。

 ススキ原から地続きに、北へ大きく広がっている烏森の入り口近くの川辺に、太っちょダヌキのノノリがあおむけになって、目をつぶっています。十一月のあたまになったとはいっても、まだまだ暖かい日差しを浴びながら、ときおり、三角耳を思い出したようにピクリと動かします。
 冬枯れの始まるころ、こうして寝転がり、川のせせらぎを聞きながら、日向ぼっこをするのが、ノノリの何よりの楽しみなのです。
 水の音は、コロコロと心をなごませるようにささやき、風は、和尚山や花園山の森をかけぬけてきた時のことを歌います。
 (実にいいねえ。透き通った風が、東の椿のこずえをぬける時の声などは、なんともいえずこころよいなあ。まるで、水晶山からもらった光を歌にしたようだ。ああ、あのさびしい音色は、きっと水沼の上をわたってきたんだ。)
 遠くの一本杉のあたりから、モズのたかなきが加わります。
 (なんてすばらしいんだろう。世界中がまるで、水色の音でみたされている。)
 ノノリの胸の中は、熱いような、冷たいような、へんてこな気分でいっぱいになりました。

 「火事だあっ。」
 とつぜん、カケスたちがあちこちへと、てんでに飛びたちました。ノノリは、片目だけをぱちくりとあけ、あわてて飛びまわる鳥たちのほうへ、まんまる目玉をぎょろりとまわしました。
 と、つぎに近くのやぶからリスが飛びだしてきて、まんまるいノノリの腹を、「ムギュッ」と踏みつけ、走り去りました。
 「乱暴な奴だなあ。いったいなんだというのだ。」
 風のコンサートにひたっていたあたまは、まだ急には働ききません。むくっとおきあがって、さわぎのほうを見ると、灰色のいやな感じのけむりが、もやもやと柱になって、お日様にいどみかかっています。
 それを見たとたん、ノノリのあたまの中では、「はやく、はやく」という考えと、「どうしよう、どうしよう」という考えがしょうとつして、こんぐらかって、胸の太鼓がドンドコドンドコたたきだしました。それでなくても太っているため、ハアハアする息が、よけいにハアハア・・・・。
 ようするに、ノノリはびっくりぎょうてん、わけがわからなくなっていしまったのです。
 そこへこんどは、火事の現場へといそぐシカが、すぐ近くのやぶから走り出してきて、ノノリのおしりにおもいきり角をひっかけてしまいました。
 「ギャッ」
 はねとばされた太っちょダヌキは、空中でくるりんとまわって、うまいぐあいにシカの背にまたがっていました。

 消防ギツネのココルが、消火作業の指揮をとっています。炎が、まるで笑いこけながら、野原を食べつくそうとする化け物のように、ススキのやぶをすでに二つ焼きつくし、ますますいきおいよく燃えさかっていますが、ココルは自慢のひげをぴんとたて、ゆうかんにたちむかっていきました。
 バケツリレーがはじまり、ノノリもいちばんまえで、いちばんきけんなやく目をかって出ました。つぎつぎとバケツがわたってきて、炎に水をかけていると、うしろからザブンと水をかけられました。おどろいてふりかえると、ヤギのおばあさんが、なにを思ったのか、またもやノノリにザブン。
 「やいやい!おばあさんやめてくれよ、おれさまに水をかけるのは。」
 「えっえっ、ああ、ノノリさんだったのかい。わたしゃ目がわるいもんで、そのハアハア息がてっきり火のもえる音かと思って。許しておくれ。」

 ずいぶん長いことかかって、探偵イタチのホホンが現場けんしょうをしていました。うでぐみをしてしばらく考えこんでは、フムフムうなづいたり、なにやらブツブツつぶやいきながら、同じところをいったりきたり。
 「みなさん。」
 やがて、ホホンは度のつよいメガネをずり上げ、威張ったようなくちょうでいいました。
 「この火事の、ほんとうの原因は明白です。なんとなれば、わたしのこの人なみはずれた、ゆうしゅうな頭脳をもってすれば、解決できない問題などまずないのでありまして、だいたい、一九八七年に、下君田のツトムさんちの牛舎になげこまれていた、子供のクツがいったい・・・・」
 「まあまあホホン君。その事件のお話はまたの時におねがいすることにして、まづは、今回のこの火事の原因のほうを。」
と、消防ギツネのココルがうながしました。ホホンは、ココルをジロリとにらみつけてから、ちょっと不満そうに鼻をヒクンとさせ、かるく一つせきばらいをしました。
 「けつろんから申しましょう。犯人は鈴木さんの家で飼われている三毛猫サンタに間違いない。サンタは、野原の中に入り込み、ヒバリのピヤクをおそいました。」
 「さいわいにも、この無法は失敗におわり、サンタは腹だちまぎれにタバコを一本吸ったようですな。それは、難をのがれたピヤクが上空からもくげきしておる。
 そして、三毛猫サンタは、そのすいがらをそこのヤブに投げすてた。以上のことがらから、動物大学探偵学部を首席でそつぎょうしたわたくしがろんりてきな・・・・」
そこまできいて、フクロウのユスリじいさんがいいました。
 「よし、ホホン君もういいわい。判決をいいわたす。
 鈴木さんちの三毛猫サンタは有罪。また、サンタの飼い主鈴木さんも同じく有罪とする。
 罰は、いちばん重い“仲間はずれの刑”だ。」
 まわりの者たちは、みんな喜んで手をたたいたり、かんせいをあげました。まんまる太っちょのノノリも、もううれしくてピョンピョンはねました。
 この名判決は、あくる日の『野原しんぶん』の一面トップに、大きくほうどうされました。
 
 一年の月日が流れました。あの有名な裁判のあった「焼け野原」は、もうなくなっています。新しい家がどんどんたち、烏森さえも切りひらかれてしまいました。ノノリの大好きだった川のほとりには、スーパーマーケットができています。
 あのけものたちや、鳥たちの姿は、どこにも見ることができません。