百舌鳥(モズ)2023年10月05日 16:39

獲物探しに、なわばりの見回りにといそがしい百舌の姿
 今回は、秋に庭先でよく見かける百舌のお話しです。かわいらしい小鳥ですが、けっこう気性が荒く、くちばしもまるでわしのような形です。庭木の小枝にカエルやコオロギ、カマキリ、カナヘビなどを串刺しにします。冬の保存食なのですが、彼らにとってはこれが重要なのです。たくさん用意しておいて、冬のあいだ豊富に栄養を蓄えることができるオスが、メスにもてるのですから。
 ほかのオスとなわばり争いをして、広いエリアを支配できたということで、優勢になるのでしょう。そんな百舌の、少し間の抜けたお話しです。


百舌鳥(モズ)


 モズという鳥は決して美しい鳥ではありません。頭と胸が茶色、背は灰色。目はまるで盗賊のように、黒い帯線の中に隠れています。鳴き声にしても甲高く、「キチキチキチ、キューイキューイ」とけたたましく、どちらかというと耳障りなくらいです。
 20センチほどの体で、あまり大きくはありませんが、けっこう獰猛です。軒先の籠に飼っている小鳥の首だけを、もぎっていってしまうこともよくあります。
 冬、庭先などで、木の小枝に虫やカエルが串刺しにされているのを見たことが、あるでしょう。「モズのはやにえ」といって、春までのかれらの保存食なのです。
 そのように暴れん坊のモズと、仲良くしようと思う鳥など、おりませんでした。

 ある日、モズが庭木の高い梢にとまって、あたりに獲物はいないかと見まわしていますと、どこからともなく、美しい声が聞こえてきました。誰が歌っているのだろうと、耳を澄ませていると、尾をせわし気に振りながら、キビタキが姿を現しました。
 キビタキは、モズよりもやや小ぶりな、とても美しい鳥です。頭から背にかけてはつやのある黒、腰の部分とお腹が鮮やかな黄色に染まっています。姿も美しいのですが、その鳴き声も「チュルリ、ピヤヒョイ」ととても美しく響きます。
 モズは思いました。「おれも、あんなふうに美しく歌いたいものだ。そうすれば、ほかの鳥どももおれを仲間だと思うに違いない。」
 モズは、キビタキのあとを追って、一生懸命その鳴き声をまねてみました。毎日まいにち、キビタキが現れるのを待ち、追いかけては鳴き声のまねをしました。最初のうちは、「ギュルリ、ビヤビヤ」と、キビタキに似てもにつかない鳴き声でしたが、十日もするとだんだんキビタキに似てきました。十一日目にはすっかり、キビタキの鳴き声になっていました。
 モズは、毎朝高い木の梢にとまっては「チュルリ、ピヤヒョイ」と鳴いて、のどの自慢をしました。

 いつものようにのど自慢をしていると、どこからか美しい鳥の声が聞こえてきました。「ツイピィー、ツイピィー」シジュウカラたちです。
 十羽ほどのシジュウカラが、楽しそうにさえずりあいながら朝の食事を楽しんでいました。モズは、のど自慢を忘れて、その歌声に聞きほれていました。
 「ツイッピー、ツイッピー、ツイッピー、ツイツイツイ」
 もうモズは、われを忘れてシジュウカラたちのあとを追いました。「ツイ、ツイ」と鳴くのは簡単にまねできました。でも、「ツイッピー、ツイッピー」はなかなかむずかしく、結局十日もシジュウカラのあとを追い続けたのです。そのおかげで、十一日目には、シジュウカラたちよりも上手に「ツイッピー、ツイッピー、ツイッツツピー、ツイツイツイ」と鳴くことができるようになりました。

 モズは、それからもほかの鳥たちの歌を追い求めたのですが、以前よりも、誰にも相手にされなくなってしまいました。それはそうでしょう、暴れん坊のモズに自分の歌をまねされるなんて誰でもぞっとするほどいやなものです。
 カシラダカが仲間の声をきいて、近づいて行ったところ、盗賊顔のモズが仲間の声をまねしていたし、ウグイスやヨシキリなど多くの鳥たちが、同じようにいやな思いを何度もしたのでした。
それでも、モズは毎日まいにちいろんな鳥たちの声をまねして、気持ちよくのど自慢をしていました。山奥にすむオオルリやコマドリの歌さえもまねできるようになっていました。もう、モズにまねできない鳥の声はありません。
ある日モズは、かわいらしいメスの姿を見かけました。とっさに恋の歌をうたおうとしました。が、あれっ、自分の歌が出てきません。モズは自分の本当の歌をいつのまにか忘れてしまっていたのです。そこでモズは、ほかの鳥たちに「おれの本当の歌って、どんなだった?」ときいて回りました。けれども、誰も答えてくれません。それどころか、みんなモズとかかわるのをいやがって、逃げまわるばかりです。それはそうです。さんざん他人のものまねをして、乱暴ばかりしてきたのですから。
それからずうっとです。モズは「ケチケチケチ、ケチケチケチ、キョッキョッキョッ」と甲高い声で鳴いては、ほかの小鳥たちを追い回しています。

創作民話 けものと信号機2023年07月01日 09:48

今年の枇杷は巨大でした。
けものと信号機

下君田に住むのけものたちは、大騒ぎです。大塚神社の角の十字路に、新たに信号機が設置されるといううわさが、神社のカヤの樹に住むカケスによってもたらされたからです。
 けものたちには、信号機そのものが分かりません。
 「信号機ってなんだ?」
 訳知り顔のけものが幾人か、何かしら説明しようとしますが、土台知らないものなのでさっぱり要領を得ません。
 そこで、やはり神社の大杉に住むフクロウ爺さんが、おもむろに話しはじめました。
 「ほれ、大塚神社の所は、小神戸からきて町へ降りていく道と、学校の方から降りてきて、栄橋の方へと行く道が交差しておるじゃろ。」
 「うん、うん。」
みんなはうなづきました。
 「人間は、どちらから来たものがその交差点を通って良いのか、灯りの色~これを信号というのじゃが~で分かるようにルールを決めておるんじゃ。横断歩道が一緒にできるはずなので、我々けものは、その灯りの指示に従って、横断歩道を渡ることになる。
 争いが起こらないよう、ルールを決めて、それをお互いが守っていくというのは、我らが見習うべき人間の美徳だな。」
 「うん、うん。」
みんなはうなづきました。
 「そのルールは、“法”といってじゃな、三千年の昔・・・・」
 「じいさん、そこまででいい。それ以上は、長くなっていかん。
 それよりも、その信号とやらのルールとやらを教えてくれ。」
と、松岩寺の柴犬、ポチがさえぎりました。
 「まったく、若い者は向学心というものがないで困るよのう。」
 フクロウのじいさんは、ひとりごちました。 さあ、次の日からフクロウのじいさんと、最近街内から引っ越してきたカラスの葛丸が先生になって、信号の特訓が始まりました。 葛丸は、田舎のほうが空気が新鮮で、喘息気味の自分にとっては、ここの暮らしのほうが「理想的」だといって、いつの間にかいついてしまった街ガラスです。
 街ガラスだけあって、信号なんてものは見慣れすぎて、そこにあってももう目に入らないくらいだと、うそぶいていました。
 だいたい、葛丸はずい分いやしいまねをして、カラス仲間から袋叩きにあって、追い出されたのですが、山のけものたちにはそんなことは知る由もありません。
 あ、ちょっとばかり話が横道にそれましたね。信号機の特訓の話に戻しましょう。
 狐の勇作一家が、フクロウ爺さんの命令で信号機に変身させられていました。勇作がもともと松本商店があった角に立ち、奥さんの花子が(ちょっと古風な名前ですね)鈴木さんちの角に、大塚神社の方には長男の文治(これも古風な名前ですねえ)、今の松本商店側には次男の次郎(またまたこれも)古風な・・・、えっ、しつっこいって)が立ちました。
 口にそれぞれ、近所の鈴木さんちの畑からもぎってきた緑、赤、黄いろのパプリカをくわえていました。
「おい、モウシンよ、準備はよいか。」
じいさんがイノシシに声を掛けました。
 イノシシのモウシンは、
 「いつでもオッケーだ。」
と、前足で地面をひっかきました。
 「おいおいモウシンよ、そんなに猛進せんでもよいのだ。」
 最初に山鳩のソウさん一家が、横断歩道のへりに立ちました。そこへイノシシのモウシンが、学校の方から走ってきて、横断歩道の手前で止まりました。勇作と花子のくわえているパプリカが赤だからですそして、歩行者横断側に向かっては、緑のパプリカを手でかざしています。これは、獣が道路を横断してもよいという合図です。
 「はい、今だ。渡って!」
 葛丸の大きな声に驚いて、山鳩のソウさんは思い切り飛び上がりました。そして、神社の杉の木立へと消えていったのです。
 みんなは、あんぐりと口を開けて、それを見送っていました。
 葛丸がしゃがれ声になってわめきます。
 「大体にして、鳥に信号なんか必要ないんだ。空を飛んでいるのに、なんで自動車を気にしなければならないんだ。」
 「もっともだ、もっともだ。」
みんなうなづきました。
 そのとき、人ごみの後ろから声が上がりました。
 「そんなことないわよ。鳥だって必要な者たちがいるわ。」
それは、ヤマドリでした。彼らは普段、一家総出でぞろぞろと地上を歩き回るのです。キジたちもそうです。
 「わかった、わかった。それじゃ、そんな皆さんも参加してください。」
 さあ、もう一度仕切り直しです。

創作民話 風邪ひき2023年05月26日 12:04

 鳥たちも恋の季節です。ブロック塀の穴を使って、シジュウカラがかくれんぼをしていました。奥側の男性(と勝手に想像して)がしばらく塀のうえで何か探していました。しばらく様子を見ていると、一つの穴に頭を突っ込んで「みいつけた!」と囀りました。すると、手前側の女性(と勝手に想像して)が穴から姿を現したのです。
 連続で撮ったので、全部お見せできれば良いのですが、これ一枚で我慢してください。





     風邪ひき



 むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが、住んでおりました。近所の人たちは、とても仲むつまじい夫婦だと、評判しておりました。おばあさんが、いつでもおじいさんのことを気づかって、細やかにあれこれとお世話している様子を見ていたからです。
 おじいさんの大好きなお酒を切らすことがないようにと、毎日酒屋さんに買いに行くのを見ていましたし、おじいさんが酔っ払ってわがまま言うのを、いやな顔一つせずに、「ほれおじいさん、足元に気をつけてくださいよ。」と、にこにこ介抱しているのを見ていたからです。

 ある日、おばあさんが風邪をひいたらしく、つらそうにしておりました。それでも畑の野菜は水を欲しがるし、草が伸びるのは待ってくれません。おじいさんの身の周りのこともしないとならず、一生懸命お仕事をしました。二日、三日と日がたつにつれ、本当につらそうなのが、誰が見てもわかるほどでした。
 そんなおばあさんの様子を見て、おじいさんは「仕事がいやで、つらそうなふりをしているのだな。けしかんばあさんだ。」と考えました。しかし考えようによっては、これは良い機会かもしれないと、おじいさんは思いました。
 おじいさんは、「そんなに具合が悪いのだったら、奥の間に布団を敷いて寝ているがいい。」と言いました。おばあさんは、おじいさんの優しい言葉に涙が出そうになり、「じゃあおじいさん、申し訳ありませんが少し横にさせてもらいますね。」と、奥の部屋で布団にもぐりこみました。
おばあさんが寝込んだのをたしかめると、おじいさんは酒びんと茶碗を取り出し、好きなだけお酒を飲みました。
 おそばをゆで、ひとりで「ズズ-、ズズズー」とすすりました。おばあさんは布団の中で、「私の風邪をおじいさんに移してしまったのだねえ。あんなに強く鼻をかんでいるのだもの。」とおじいさんにすまなく思いました。
 次におじいさんは、豆の入った鍋を囲炉裏の火にかけました。豆はパチパチと忙しく、楽しそうに跳ねまわりました。
 おばあさんは、「あらあら、おじいさんがわたしのためにおかゆを作るのに、囲炉裏に小枝をくべているんだね。すまないねえ。」と考えながら、いつの間にか眠ってしまいました。

 そんなある日、今度はおじいさんが具合悪くなりました。おばあさんはとても心配して、静かに寝ていられるように奥の部屋に急いで布団を敷き、そこにおじいさんを寝かせました。
 するとおじいさんは、「ばあさんはおれのことを、こんなところに閉じ込めて、一人で好きほうだいをするするつもりだな。」と考えました。
 まだ治りきってはいないおばあさんは、茶の間で鼻をかみました。「ずずずー」と大きな音で、鼻をかんだのです。
 その音を奥の部屋で聞いたおじいさんは、「やや、ばあさんは一人っきりでそばをすすっているな。まったくひどい奴だ。」とくやしがりました。
 おばあさんは、おじいさんに温かいおかゆを作ってあげようと、囲炉裏に小枝をくべました。すると、囲炉裏はパチパチと愉快そうな音をたてました。
 その音をきくとおじいさんは、「あれ、ばあさんは一人で豆をいって食べているのだな。意地きたない奴だ。」と思いました。
 おばあさんが、温かいお粥を枕元に運んでくると、「自分は散々においしいものを食べておいて、俺にはこんな粗末な粥をいっぱいきりしか食わせないのか。本当にひどいばあさんだ。」と考えたのです。

 おじいさんもおばあさんも、すっかり病気が治ったある日、おじいさんが言いました。
 「やいばあさん、長いことおまえと連れ添ってきたが、お前がこれほど意地きたない奴だとは知らなかった。もう顔も見たくないから、出て行け。」
 おばあさんはもう、ただびっくり。「おじいさん、何のことを言っているんですか?」と、聞き返しましたが、おじいさんは聞く耳がありませんでした。おばあさんは、泣く泣く遠い実家へ帰っていきました。
 これで余分なばあさんはいなくなった、好きなものを好きなだけ独り占めできるわい。おじいさんは、晴れ晴れとした気持ちになり、毎日まいにちお酒を飲み、好きなだけ食っては寝ていました。
 でも、畑の野菜たちは喉がかわいて、しなびてしまいました。雑草はおばあさんに引き抜かれることがないので、思い切り背伸びしました。
 おじいさんは、久しぶりに野菜をとりに畑に出てみて、びっくりしてしまいました。もうそこは、畑と呼べるようなものではなく、背の高い雑草ばかりの草原になっていました。
 おじいさんは、飲むお酒もなくなり、食べるものも何一つなくなってしまい、また具合が悪くなり寝込んでしまいました。
 そこへ、おばあさんがおじいさんを心配して、戻ってまいりました。さっそく実家から背負ってきたお米とお味噌で、おじいさんに温かいご飯を作ってあげました。お酒も少しですが、持ってまいりましたので、飲ませてあげました。
 おじいさんは何にも言わないで、お酒を飲みご飯を食べると、照れくさそうにまた布団にもぐりこんでしまいました。

創作民話 カエルのレインウェア2023年04月28日 09:34

高萩市の山間部に咲くミズバショウ
       カエルのレインウェア

 鈴木さんちの田んぼにすんでいる、トノサマガエルのユーチカは素敵なレインウェアがほしくなりました。
 みなさんは、カエルは雨が大好きだと思っておられるでしょう。でも本当はそうではないのですよ。だってそうでしょう、人間にとっては、雨つぶなんてものは小さいから、体にあたっても痛くもかゆくもありませんよね。ところが、カエルたちにとってはそうではありません。
 人間でいえばソフトボールくらいの大きさの雨つぶが、空から降ってきて裸の体にあたるのですよ。顔にあたったりしたら、鼻の穴がふさがれて、息ができなくなることもあり、ブルブルってして「あー、死ぬかと思った」なんてこともあるのです。
 なので、雨になるとカエルたちは、田んぼの水にすっかりつかって、「雨よぉ、早くやめ!早くやめ!」と、みんなでお祈りの大合唱をするのです。けっして喜んで鳴いているのではありません。
 そんなですからユーチカは、雨の日に着ることができるレインウェアがほしくなったのです。
 ユーチカはまず、カミキリムシのクラホシを訪ねました。
 「クラホシさん、素敵なレインウェアがほしいので、桑の葉で生地をつくっておくれ。」
 「いいともよ。葉脈の少ないところをえらんで、体によくフィットする生地をつくってさしあげようね。」
 クラホシは二つ返事で引き受けました。さっそく翌日、クラホシが桑の葉でつくった生地をもって、鈴木さんちの田んぼへ届けにきてくれました。
 ユーチカはつぎに、大きな樫の樹にすんでいるクモのタンブリのところへいきました。トノサマガエルは、アマガエルとちがって、木のぼりがじょうずではありません。でも、素敵なレインウェアのためです。いっしょうけんめい樫の樹をのぼっていきました。
 「タンブリさん、この生地で素敵なレインウェアを仕立てておくれ。くれぐれも縫い目から水が入らないようにたのみたいんだけど。」
 「ユーチカさん、まかせてください。この生地できっと良いレインウェアをつくってさしあげましょう。」
 翌日、クモのタンブリが鈴木さんちの田んぼにやってまいりました。ユーチカはうれしくて、タンブリに何度もなんどもお礼をいいました。
いく日かして、ユーチカが心まちにしていた雨が降りだしました。さっそく、桑の葉でつくったレインウェアを着こみます。
 でも、しばらくするとレインウェアがバラバラになってしまいました。クモのタンブリは、生地をていねいに縫いつけずに、クモ糸の接着剤でべとべとつなぎ合わせただけだったのです。ユーチカは、足元にちらばった桑の葉をながめながら、ぼうぜんと雨に打たれていました。
 次の晴れた日に、ユーチカはカイコのモリーナの家にいきました。なんどもいいますが、トノサマガエルはアマガエルとちがって、木のぼりがじょうずではありません。でも、素敵なレインウェアのためです。一生懸命に桑の木をのぼり、モリーナの家の戸をたたきました。
 「モリーナさん、このバラバラになったレインウェアをしっかりと縫いつけていただけないかしら。」
 「あらあら、やわらくてすじの少ないすてきな生地ですこと。これなら、あなたの体にぴったりのレインウェアをつくれますよ。」
 モリーナはこころよく引き受けてくれました。翌日、モリーナが鈴木さんちの田んぼへやってきました。
 「どうも下草の上を歩くのが苦手でね。もごもご・・・。」
モリーナの仕立てたレインウェアはとてもすてきなものでした。美しい生糸でしっかりと縫いつけてあり、どんなところからも雨がしみてこないように仕上がっています。ユーチカはとても満足でした。
 「ありがとうモリーナさん、桑の木までお送りしましょう。」
 ユーチカは大喜びで、モリーナを背中に乗せ、桑の木へ送っていきました。
 ユーチカの素敵なレインウェアを見て、仲間のポーシュは自分も同じレインウェアが欲しくてたまらなくなりました。そこで、カミキリムシのクラホシに桑の葉の生地を作ってもらい、次に樫の樹を一生懸命のぼり、クモのタンブリに仕立てをお願いしました。ポーシュは、ユーチカが最初のレインウェアがバラバラになったのを知らなかったのです。だから、クモのタンブリが手抜きのお仕事をすることを知りませんでした。
 雨の日にポーシュは、先日のユーチカのようにぼうぜんとしていました。足元にはバラバラになった桑の葉が散乱していました。
ポーシュはひと声「ゲコ」とないて、タンブリのところへ跳ねていきました。とても早く跳ねていきました。
 トノサマガエルのポーシュも、やはり木のぼりが苦手でした。苦労しながらタンブリの住む樫の樹を一生懸命のぼって、タンブリの家の戸をたたきました。
 クモのタンブリは眠そうにしながら戸を開けて、おっくうそうに出てまいりました。
 「やあポーシュさん、朝早くからなんだね?お礼ならいつでもいいのに‥‥」
 タンブリの言葉を聞きおえるかおわらないかのうちに、ポーシュはひと声「ゲコ」とないて、タンブリを呑みこんでしまいました。

創作民話 野原の診療所2023年03月29日 23:19

野原の診療所


 さきほどザッザーと吹いた風は、もうむこうの尾根をひといきにかけのぼっていきます。
 金蔵さんは、肩の鉄砲を背負いなおしながら、ふり返って清吉さんにききました。
 「まだ痛むのかい。」
 「ううむ。」
 左手でほっぺたをおさえ、眼をウサギよりももっと真っ赤にした清吉さんは、口を開くことさえかなわないというふうに返事をしました。
 実は、鉄砲うちの上手な金蔵さんにさそわれて、清吉さんは初めて猟にきたのですが、まだけものの姿も見ないうちに、古い虫歯が痛みだしたのです。
 「けものを射ち殺そうなどと思った罰があたったのだよねえ。」
 清吉さんが顔をクショクショさせていうと、金蔵さんは半分ふてて首をふりました。
 「そんなことをいったら、わたしはどうなるのだね。もう長いこと猟をしているのだよ。わたしの方こそ罰があたるはずじゃあないか。考えすぎだよ。」
 それからしばらくは、二人ともお互いに自分でいったことに悪い気持がして、だまったまま歩きつづけました。

 やがて、森の木々がまばらになり、ススキ原の青い波が陽の光をはねかえしながら、目の前におしよせてきました。
 「こういう葉っぱは、よく手を切るんだ。気をつけなくちゃあね。」
 ぶつぶつとつぶやきながら、ススキの海を先になって泳いでいた金蔵さんが、とつぜん「あっ!」と声をあげました。
 「やあ、よかった。こんな山奥に診療所があるなんて。ほらごらんよ、うまいことに歯科の看板も出ているぜ。」
 肩の鉄砲をいまいちどかつぎなおし、額の汗をひとぬぐいすると、清吉さんの手をぐいと引っぱってズンズン急ぎだしました。
 小さな農家を改造しただけの、そまつな診療所のなかへ、金蔵さんは先に立ってドシドシ入っていくと、受付の前に立ちました。窓ごしに、看護士さんの白い服が動いて見えます。
 「ごめんなさい。実は、つれの清吉さんの虫歯が痛みますもので、どうぞ見てやってください。」
 なかから、女の人の声が答えました。
 「そこにかけて、お待ちください。順番がきましたら、呼びますので。」
 二人はだれもいない待合室のイスに腰をおろしました。金蔵さんは、一つの長いすをまるでひとりじめするように、長々と横になると、大きなあくびを一つして、うとうとしはじめました。

 『やっぱり、ぼくは罰があたったんだ』と思いながら、清吉さんが歯の痛いのこらえていると、やがて「どうぞ、お入りください。」と声がしました。
 「あっ!」
 診察室に足をふみいれて、清吉さんは思わず息をのみました。なんと不思議な光景でしょう。いそがしくたちはたらく看護士さんも、いえそれよりも、こちらを向いてイスにすわっているお医者さんも、ほんとうにキツネなのです。
 歯の痛みなどすっかりわすれて、清吉さんが口をホワンとあけていると、先生のキツネが近よってきて、その口のなかをうかがいはじめました。
 「どれどれ。あーんこの歯がおこっているのだね。ふーむ。
 ところで、山には猟においでのごようすですが、どうです。獲物はありましたかな。」
 そうたずねられて、清吉さんはどう返事したらよいものかわからず、頭のなかが真っ赤になったり、黄色になったりしました。でも、なんとかおちついて、正直にいいました。
 「いいえ。山に入ってじきに虫歯が痛みだしたものですから、とても猟どころではありませんでした。」
 キツネの先生は何度もうなづいて、「それはよかった。」といいました。それからあわてて、「いやそれはそれは、あいにくでしたな。」といいなおし、ヒゲをなんべんか指でなでました。
 ひとが、歯が痛くて困っているというのに、よかったとはどういうつもりなのかしらと、清吉さんはちょっぴり腹だたしく思いました。
 「カワセミさんがすぐにおわりますから、そちらの診察イスにかけていてください。」
 先生の指さしたイスに腰かけると、なるほど、となりのイスにはカワセミが目になみだをためて、ちょこなんとすわっているではありませんか。痛みをウンムとこらえて、ひとっところをじっと見つめていますが、清吉さんは思わず吹きだしてしまいました。
 なにしろ、くちばしをグリグリと巻いた包帯がおもくて、いまにも頭が前にこけてしまいそうなくらいにバランスの悪いかっこうなのです。
 清吉さんが吹きだしたのをみとがめたようすで、キツネの先生は説明をしました。
 「カワセミさんは、昨日のことですけれど、花貫川で魚めがけて水の中にとびこんだのです。ところが、その魚が石だったのですよ。魚そっくりのね。気絶して、名馬里あたりの淵にプカプカ流されてきたところを、助けられたというわけです。まあ、いってみれば名誉の負傷ってやつですな。」

 ようやく清吉さんの番になりました。
 「これでよく今までガマンしていたねえ。さっそく抜いてしまった方がよいでしょう。」
 キツネの先生は、ヤットコを取りだし、「ううん、ううん」といきばりながら、清吉さんの虫歯を引き抜こうとします。口のなかにヤットコをつっ込まれて、目を白黒させた清吉さんも「ううん、ううん」とうなって痛みをこらえます。
 悪い歯を抜きおえると、キツネの先生は看護士さんに痛み止めを作るよう、いいつけました。看護士さんキツネは、ドクダミの葉を何かの木の根といっしょにすりまぜて、薬をつくりはじめました。
 いつのまにかとなりのイスには、カワセミの姿はなく、次の患者さんが治療をまっていました。かわいらしい子リスが、お母さんのひざにだかれて、ないています。お母さんリスは子リスをあやしながら、早口で先生にうったえるのです。
 「先生この子ったら、人間の落とした銀貨を何とかんちがいしたのか、かじってしまったんですよ。見てくださいなこの歯を。ボロボロになってしまいましたのよ。まったく、リスの前歯ほど大切なものは、この世にお天道さんのほかにないってのに、この子はほんとうに。」
 子リスはひどく痛むらしく、「うえん、うえん」としきりにないています。
 「まあまあお母さん、だいじょうぶですよ。どれ坊や、見せてごらん。すぐになおしてあげるからね。」
 キツネの先生は、その子の前歯を、裏から表からといくどもつくづくながめ、それからキノコに薬をふくませて、歯の欠けたところにぬりつけました。
 「さあ、これでもう痛くないだろう。ほらほら、もうなかないで。」
 「お母さん、そうですねえ、月が三日に欠けたらその次の日に、もう一度きてください。そうしたら、メノウで作った歯を入れてあげましょう。」
 リスのお母さんは、やっと泣きやんだ子リスをしっかり抱きしめながら、なんどもなんどもおじぎをして、診察室を出ていきました。
 入れちがいにやってきた新顔は、びっこをひいたシカです。
 「いやあ、猟犬どもに追いかけられてね。ごらんのとおり、足を二か所もかまれてしまいました。米平のあたりは、さいきん禁猟区になったはずなんですがねえ。」
 シカがはなしだすのをしおどきに、清吉さんは腰をあげて、ていねいにお礼をいいました。歯を抜いた痛みは、先ほどの薬のせいかもうすっかり消えていましたから。

 診療所を出ても、清吉さんはだまりこくって、何ごとかを考えこみながらあるきました。まだ眠りたりないといったふうの金蔵さんが、目をゴシゴシこすりこすり、「まだ痛むのかい?」とたずねても、「うんや」とへんじするばかり。
 「あーあ、今日はまったくついていないねえ。獲物はまったく姿を見せないし、清吉さんの歯はおこり出すし、まったく。」
 金蔵さんは、くだくだとぼやきました。
 「こういう日は早く家にかえって、上等のブランデーをちびちびやるのが一番だ。」
 二人は、もときた道をてくてくとずいぶん歩きました。もうそろそろ、陽が山のかげに落ちていくようです。
 そのときです。前を歩いていた金蔵さんが、小声で何かさけび、足をとめました。そして、肩の鉄砲をすばやくかまえると、一点にねらいをつけたのです。金蔵さんの銃は、外国製のすばらしく高価なもので、いつもじまんしているものです。
 清吉さんは、金蔵さんがねらいをさだめた先を見ました。高い木のこずえに、動いているけものがいます。どうやらリスのようです。「ひょっとしたら」清吉さんの頭のなかに、先ほど診療所に来ていたお母さんリスと子リスの姿がうかびました。清吉さんは、胸がたかなり、熱いものでいっぱいになりました。金蔵さんが息を少しはいて、いよいよ引き金にかけた指がうごきます。
 「いけない!」
 さけんで、金蔵さんの鉄砲を清吉さんがたたきました。同時に鉄砲はドーンと火をはきました。たまはずっとむこうの大木の根もとにあたっただけです。
 音におどろいたリスは、次の瞬間には深い木立のなかへと姿を消してしまいました。

 しばらくの間、金蔵さんは口をあんぐりあけたままでしたが、正気にもどると「コノヤロー」とどなって、清吉さんに銃口をむけました。怒りでいっぱいになり、ぶるぶるとふるえています。今にも引き金を引きそうなけんまくです。清吉さんが、うたれると思って目を閉じたその瞬間、金蔵さんが清吉さんのほほを平手で強くたたきました。そして、そのままドシドシ道を下っていってしまいました。
 歯を抜いたばかりのほっぺたをひどく強くぶたれたものですから、清吉さんは目になみだがあふれてきて、なきたい気持ちになりました。
 もう金蔵さんとは、友達ではなくなってしまったのです。二度と口をきいてくれないでしょう。
 清吉さんは悲しくなりました。でも、心のどこか、すみっこの方ではこう思います。
 『友だちも大切なものだけれども、もっとだいじな、お天道さまと同じくらいだいじなものを、ぼくはなくさないですんだんだ』
 とっくに陽が沈んで、山の空気がすっかり紫色になりはじめた道を、清吉さんは一人くだっていきました。